とても美しい絵で描かれる漫画『光と窓』。作者のカシワイが影響を受けた7つの児童文学を、漫画として再構成した短編集です。
この1冊を読み終えたときの感想と、とくに印象深かった2つの短編について、感想・考察を述べていきたいと思います。
漫画『光と窓』を構成するのは7作品の児童小説
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7つの文学作品を漫画として描いた短編集。収録されているのは以下の児童小説を中心にした作品たちです。
- 『夕日の国』安房直子
- 『金の輪』小川未明
- 『こうちゃん』須賀敦子
- 『ごびらっふの独白』草野心平
- 『小さいやさしい右手』安房直子
- 『ひとつの火』新美南吉
- 『注文の多い料理店』(序文)宮沢賢治
原作となっている小説は全体的に、子供が「ここではないどこか広い世界」を夢見たり、実際に旅立ったりするようなストーリーのものが選ばれています。
読了したあとでタイトルの意味を探ったとき、子供が夢想するような世界を「光」、その世界と現実(読み手)とを隔てる1枚の「窓」(本作)というふうな意味があるのかな?と感じました。
この1冊の“窓”から見える景色は、大人になるにつれていつしか忘れてしまった「子供時代に見てい美しい世界」のような気がして、そんな世界が本当にあったかどうかも分からないのに、懐かしくてあたたかい気持ちになります。
「眩しい言葉、美しい描線」で紡がれる1冊
『光と窓』 pic.twitter.com/KJKQG5siUT
— カシワイ (@kfkx_) February 3, 2021
単行本の帯にある言葉を借りると、「眩しい言葉、美しい描線」がまさに的確だと感じました。
どこか儚げで涼しい線。それでいて夕日を見たときのぼやけた視界、自然のなかの柔らかい光、窓辺にいるような眩しさを感じる独特なタッチ――。とにかく美しく描かれている漫画で、穏やかな昼下がりに窓辺で読みたい1冊です。
小説をそのまま漫画にすると、つい説明的で小難しい内容になってしまいそうなものですが、カシワイの描くお話はどれも「絵で情景を表現すること」が徹底されているので視覚的に楽しむことができるようになっています。
少しえらそうな言い方になってしまいますが、原作小説を「言葉の世界から絵の世界へ」という感じで非常にうまく落とし込まれていると思いました。
作者・カシワイ
カシワイの漫画家デビュー作は『107号通信』(2016年)です。今回紹介する『光と窓』(2020年)は、漫画としては2作目となります。そのほかテレビ・CMのアニメ原画や、雑誌連載の挿絵など、イラストレーターとしても幅広く活躍。2022年現在はwebアクションにて、『風街のふたり』という漫画を連載中です。
『金の輪』の感想・考察
以下は『金の輪』のあらすじです。
病弱な子供の太郎はある日、輪回しをして道を走る少年に出会います。金の輪が触れ合うチリーンという音が鳴り響き、彼は少年の背中をいつまでも目で追いかけてしまうのです。次の日も、少年を見かけました。ちらりと彼に向かって微笑みかける少年は、ふしぎと古い友人のような懐かしさを感じさせます。その晩、太郎は少年と友だちになって、金の輪を回しながらどこまでも走る夢を見ました。そして次の日から熱が出て、2、3日後に7歳で亡くなってしまいます。
そもそも短いお話なので、あらすじを要約すると上記のようにとても味気なくなってしまい申し訳ないのですが、原作小説も5ページ程度しかなく10分もあれば読めてしまうので、気になる方はぜひ読んでみていただきたいです。Amazonや青空文庫では無料で読むことができます。
少年が回していた「金の輪」は仏性、輪廻転生の隠喩ではないか、という書評があり「あぁ、なるほど」と思わされました。その奥に原作者・小川未明が表現したかったことが隠れていそうです。
カシワイが描く漫画のなかでは、少年が見た夢の世界は無限につながっているように広々としていて、雲のようなものが浮いている空間でした。太郎は「死」によって、幻想的な世界に旅立っていったかのように表現されています。
金の輪がどこまでも転がっていくような「永遠性」が感じられる描写だと感じました。原作小説から解釈できるイメージを、空間的な広さを表現することで見事にあらわしています。
そういう“作り手の意図”を汲み取る楽しさももちろんありつつ、「漫画」としてただぼーと読むだけでも楽しめる作品です。淡くて輪郭のぼやけた線によって、太郎の見た夢の世界――光にあふれてあたたかい空間を、いち読者としても感じることができます。
「現実と幻想」との境目があいまいな子供の頃、どこまでも広がる空間、そして永遠に続く時間がどこかに存在していたような気がしませんか?
太郎が少年と一緒に走っていった世界は、きっとどこまでも果てしなく、美しく、まさに夢のように穏やかで心地いい場所なのではないでしょうか。
シンプルな話ながら、「ほぅ」とひと息ついて読後感を噛み締めたくなる、素晴らしい漫画でした。
『注文の多い料理店』(序文)の感想・考察
『光と窓』 pic.twitter.com/KJKQG5siUT
— カシワイ (@kfkx_) February 3, 2021
『光と窓』を締めくくるのは、宮沢賢治の代表作『注文の多い料理店』です。しかし本編ではなく、単行本に記された序文を描いています。
それまでの短編とは異なり、序文がすべてそのまま引用されているのが特徴的でした。カシワイの絵は挿絵のようになっていて、言葉の美しさをより際立たせる作風に感じます。
そして絵のなかには、いくつか宮沢賢治作品をモチーフにしたと思われる描写も。電車の中に猫のような影が見える絵がありますが、これはおそらくアニメ『銀河鉄道の夜』がモチーフになっています。かつてアニメ化したとき、ジョバンニとカムパネルラは猫の姿で描かれたそうです。
宮沢賢治はこの序文のなかで、「ありふれた景色や自然を見て、“私にはこう思える”というところから、これらのお話を思いついた」という旨を言っています。つまり彼は少年が抱くような「幻想の世界」を失わずに、その視点を創作活動に活かしていたというふうに読み取ることができます。
また冒頭をそのまま引用すると「わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます」という言葉。そして結びには「これらのお話のうちいくつかが、あなたにとって本当の“たべもの”になることを願う」という旨が書かれています。
これを読み解くと、「普通に過ごしているといつしか失ってしまうような、少年時代の心のなかに確かにあった「幻想の世界」を作品のなかに垣間見て、それがたべもの(心の養分)になることを望んでいる」というふうに受けとることができるのではないでしょうか。
この文が漫画『光と窓』の最後に引用されていることに、この単行本に込められた願い(テーマ)があらわされているように思います。